※当記事は2025年7月の内容です。
今回は、最近、家族信託の実務の話題に上ることの多い家族信託を巡る信託登記を取り上げて論じてみたいと思います。信託登記の現場では、各地からの報告で、ある登記申請について実務上の取扱いが変わったなどの声が聞かれることがあり、信託登記実務の予測可能性の難しさなどが言われることがありますが、そんな信託登記の実務について、さしあたり、まずは、その構造の根幹につきまして、基本のキの字から考えてみたいと思います。
なお、本連載にて、登記申請書類や登記記録類を表記する際には、その表記された内容だけに着目し、画面の表示に合わせて簡素化し、省略しておりますので、実務で扱っております実際の正確な形式とは異なっておりますので、ご了承ください。
信託目録の登記事項を利用した登記の連続構造の貫徹 ─ 信託登記、信託目録における帰属権利者の指定、所有権変更の連続構造
登記は連続していることに意味があり、連続しているからこそ、最終の登記記録が公示する権利の内容や名義人に関して事実上の推定力を生じます。登記の連続主義に基づく連続構造こそ、登記官の形式的審査権限のもと、登記原因の真実性の確保を図る最大の工夫でしょう。明治の不動産登記法の立法者の英知の結晶です。信託目録に記録した登記事項は、新たな登記申請の架橋となり、登記の連続構造を支え、補充する機能があります。信託目録は、登記の連続構造(連続主義)と密接不可分であり、その表裏でもあるわけです。また、連続構造の実質化であり、緻密化であるということもできましょう。
昭和××年×月×日 相続
所有者 法務太郎
4番 所有権移転
平成××年×月×日 信託
受託者 法務一郎
信託 信託目録第10号
法務一郎は、所有権名義人たる受託者として、信託目録上の信託登記の登記事項の受託者の表示として連続しております。
第100号
1 委託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
2 受託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務一郎
3 受益者に関する事由等 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
4 信託条項
一 信託の目的
1. 信託不動産の管理
2. 認知症対策の生活支援
二 信託財産の管理方法 (省略)
三 信託の終了事由
1. 委託者兼受益者法務太郎の死亡
四 その他の信託の条項
1. 残余財産の帰属権利者として指定された者
受託者法務一郎
(受託者死亡時は受託者の相続人)
2. 信託法31条2項1号の定め
信託終了後、信託財産を受託者の固有財産とする
3. 後継受託者(予備受託者)の定め
受託者の相続人
4. 清算受託者の定め 信託終了時の受託者
5. 清算受託者の権限
所有権変更または移転および信託登記の抹消登記申請
信託目録上、受託者の法務一郎は、帰属権利者として指定された者として連続しております。
所有権変更 令和×年×月×日委付
信託登記の抹消
所有者 法務一郎
信託目録上の帰属権利者であると指定された者である法務一郎が、権利の登記の所有者として、登記の名義が欠けるところなく連続しております。登記記録上から権利取得の一連の過程が明らかであり、最終の所有者の権利が事実上推定され得ることができます。
信託登記から信託目録の受益者連続、帰属権利者の登記を介して所有権移転に至る連続構造
3番で登記された所有者の法務太郎から、信託を原因とする所有者として受託者である法務一郎が連続しております。
昭和××年×月×日 相続
所有者 法務太郎
4番 所有権移転
平成××年×月×日 信託
受託者 法務一郎
信託 信託目録第10号
法務一郎は、所有権名義人たる受託者として連続するわけです。
1 委託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
2 受託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務一郎
3 受益者に関する事由等 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
4 信託条項
一 信託の目的 (省略)
二 信託財産の管理方法 (省略)
三 信託の終了事由 (省略)
四 その他の信託の条項
1. 第二次受益者となるべき者として指定された者
××市××町×丁目×番×号
法務二郎
2. 第三次受益者となるべき者として指定された者
××市××町×丁目×番×号
法務花子
3. 帰属権利者として指定された者
第三次受益者である法務花子
なお、第三次受益者への変更前に信託が終了した場合、信託終了時における
受益者
4. 清算受託者の定め 信託終了時の受託者
5. 清算受託者の権限
所有権変更または移転および信託登記の抹消登記申請
3番 所有者であった法務太郎が当初受益者となり、法務二郎が二次受益者として指定されております。
1 委託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
2 受託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務一郎
3 受益者に関する事由等 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
令和×年×月×日受益者変更(死亡)
変更後の事項
受益者 ××市××町×丁目×番×号
法務二郎
当初受益者法務太郎の死亡によって、第二次受益者に指定された者の表示に基づき、法務二郎が受益者として連続しました。
1 委託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
2 受託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務一郎
3 受益者に関する事由等 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
令和×年×月×日受益者変更(死亡)
変更後の事項
受益者 ××市××町×丁目×番×号
法務二郎
令和×年×月×日受益者変更(死亡)
変更後の事項
××市××町×丁目×番×号
法務花子
4 信託条項
一 信託の目的 (省略)
二 信託財産の管理方法 (省略)
三 信託の終了事由 (省略)
四 その他の信託の条項
1. 帰属権利者として指定された者
第三次受益者である法務花子
なお、第三次受益者への変更前に信託が終了した場合、信託終了時における
受益者
2. 清算受託者の定め 信託終了時の受託者
3. 清算受託者の権限
所有権変更または移転および信託登記の抹消登記申請
第二次受益者である法務二郎が死亡して、第三次受益者として指定された法務花子の表示に基づいて、受益者変更の登記を経て、第三次受益者として法務花子の表示が連続しております。
所有権変更 令和×年×月×日信託財産引継
信託登記の抹消
所有者 法務花子
第三次受益者である法務花子は、帰属権利者として指定された者としての表示に基づき、信託終了の後、信託財産引継ぎを原因として所有者として、その表示が連続しています。かような登記の連続構造の維持は、信託目録における登記事項が存在しないとあり得ません。信託目録を介して、登記の連続による権利移転の事実上の推定が可能となっているわけです。
信託を原因とする所有権移転、信託登記、信託目録、賃貸借の登記への連続構造
3番で登記された所有者の法務太郎から、信託を原因とする所有者として受託者である法務一郎が連続します。
昭和××年×月×日相続
所有者 法務太郎
4番 所有権移転
平成××年×月×日信託
受託者 法務一郎
信託 信託目録第10号
法務一郎は、所有権名義人たる受託者として、信託目録上の信託登記の登記事項としての受託者の表示の公示に連続しております。
1 委託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
2 受託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務一郎
3 受益者に関する事由等 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
4 信託条項
一 信託の目的
信託不動産の管理および運用
賃貸経営
二 信託財産の管理方法
下記の条件による賃貸および賃貸借登記の申請
賃借人 株式会社法務
賃料 1月 ××万円
支払期 毎月末日
存続期間 ××年
敷金 ××円
三 信託の終了事由 (省略)
四 その他の信託の条項 (省略)
信託目録上、受託者である法務一郎の権限として賃貸借登記の申請権が公示され、受託者法務一郎を賃貸人として、その賃借人として株式会社法務が登記されております。
×番 賃借権設定 令和×年×月×日付受付×××号
原因 令和×年×月×日設定
賃料 1月 ××万円
支払期 毎月末日
存続期間 ××年
敷金 ××円
賃借権者 株式会社法務
賃借人の株式会社法務は、賃貸借の登記名義人として、信託目録に記録された登記事項から連続しているわけです。
信託を原因とする所有権移転、信託登記、信託目録、抵当権設定の登記への連続構造
3番で登記された所有者の法務太郎から、信託を原因とする所有者として受託者である法務一郎が連続いたします。
昭和××年×月×日相続
所有者 法務太郎
4番 所有権移転
平成××年×月×日信託
受託者 法務一郎
信託 信託目録第10号
法務一郎は、所有権名義人たる受託者として連続しております。
1 委託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
2 受託者に関する事由 ××市××町×丁目×番×号
法務一郎
3 受益者に関する事由等 ××市××町×丁目×番×号
法務太郎
4 信託条項
一 信託の目的 信託不動産の管理および運用
賃貸物件としての収益価値の維持および向上
二 信託財産の管理方法
下記条件の信託財産負担債務としての金銭消費貸借契約の締結
契約日 令和×年×月×日
債権者 法務銀行株式会社
債務者 受託者法務一郎
債権額 ××万円
利息 ×%
損害金 ×%
上記債務への下記抵当権設定契約の締結および抵当権設定の登記申請
抵当権者 法務銀行株式会社
被担保債権 令和×年×月×日金銭消費貸借
債務者 法務一郎(平成××年×月×日信託目録第10号受託者)
債権額 ××万円
利息 ×%
損害金 ×%
三 信託の終了事由 (省略)
四 その他の信託の条項(省略)
抵当権設定の条件等は、融資実行の段階とならないと特定できないでしょうから、具体化しない段階における信託目録に記録すべき情報としての特定方法には工夫を要するでしょう。なお、抵当権設定条件等が具体化した段階で、信託変更に基づいて信託変更登記申請を行い、抵当権設定登記申請の却下事由を最小化するため、信託目録を変更して特定する方法があり得ます。なお、この場合、信託変更ルールの内容への配慮、変更権者の判断能力の補充等への配慮などが重要になるでしょう。
信託目録上、抵当権者の株式会社法務は、抵当権の登記名義人として連続しております。なお、少なくとも、信託目録上、受託者による抵当権設定および抵当権設定登記の申請権限が記録されていなければ、信託登記された不動産に対する抵当権設定登記申請は、却下されるリスクがあるので注意しておきましょう。
×番 抵当権設定 令和×年×月×日付受付×××号
原因 令和×年×月×日金銭消費貸借同日設定
債務者 法務一郎(平成××年×月×日信託目録10号受託者)
利息 年×%
損害金 年×%
信託登記の実務の現状
信託登記制度は、現在、厳格化の方向に向かっているということが言えると思います。主に法務局の現場の考え方が、厳格化の方向に向かっているのではないか、と感じられることがあります。また、法務局の現場の登記官の人々も、近年、民事信託に詳しくなることで、その意識も変わりつつあるということができます。かつて、信託登記は、商事信託が中心であったので、都市部の法務局に集中して件数があるような状況でした。しかし、民事信託が普及しだしてから、全国の法務局で、信託登記が申請されるようになってきたのではないか、と思います。
ですから、司法書士の人々も、7~8年くらい前までは、民事信託のための信託登記に対して、登記官の審査も厳しくなく、むしろ、司法書士の人々が登記官に説明することで、様々な信託登記の形を登記することができたという時期があったのでしょう。認知症対策の家族信託などは、15年くらい前までは、あまり案件が存在しなかった分野です。家族信託の信託登記の申請などは、登記官の人々も、それまで、あまり経験したことがなかったので、それぞれの登記官や法務局によって、取扱いが異なっていたのだと思います。
ですので、こちらの法務局では、すんなりと通った登記申請が、あちらの法務局では通らなかった、また、登記官から要求される添付情報の内容が違った、更には、同じ信託登記の申請なのに、登録免許税額が違ったなどの声が聞かれることがありました。
しかし、令和6年1月10日登記先例のような通達が法務省の民事局から発出されたり、また、東京法務局の統括登記官をやられていた横山亘先生が信託登記の実務に関して商業誌にて警鐘を鳴らしたりなどで、かつての全国的に不統一であると言われていたような状態は解消され、統一されつつあるのかもしれません。
先例数が少ない信託登記分野
信託登記分野は、登記先例の数が少なく、また、不動産登記法の規定も概括的なものがありますので、その意味では、現場の登記官の方々の裁量の幅が大きかった分野であると思います。従いまして、それぞれの登記官の信託に対する考え方の差異に応じて、現場の取り扱いに違いを生じていたのかもしれません。
信託登記に関する登記先例の数が少なかったのは、今から20年くらい前まで、信託業務は信託銀行に独占されており、信託銀行は、慎重に業務を行ってきたという事情がございます。それに、そもそも、いわゆる平成バブルの直前期における土地信託の出現までは、ほとんど不動産信託をやっていなかったので、不動産信託に伴う信託登記の件数も少なかったわけです。ですので、登記先例が出る割合も少なかったわけですね。もっとも、面白いことに、昭和40年代の信託登記の登記先例は、よく読んでみると、その多くが民事信託案件の信託登記ではないか、と推察されます。
近年の動向
ところで、最近は、信託登記が、反社会勢力による反社条例逃れのために悪用されたなどのマスコミ報道が続いたり、FATF 報告書の中で、日本の民事信託は透明性に課題があると意見されたりすることで、信託登記を運営する法務局も、民事信託の信託登記の現状に対しては関心をもっているのではないか、と推察されるところです。
もちろん、商事信託の分野も、信託登記の実務では、問題点は山積みであるという声も聞くところです。しかしながら、営業信託であれば、最終的には、金融庁による監督がありますので、さすがに、信託業法の規律を逸脱したような信託登記の悪用は、めったなことでは生じないのではないか、と思われます(但し、過去には信託会社における横領事件などもありましたが)。これに対して、営業信託のような監督機関が存在しない民事信託の分野では、常軌を逸した信託登記の悪用も、あり得ることかもしれません。
この数年、全国の民事信託の登記申請件数の増加に伴いまして、法務局側でも研究が進み、信託登記申請に対して一定の見解をもって対応を行うような流れになってきているのではないか、と思います。
最近は、信託登記申請に対する却下事由が経験されたことや、登記官の人々も信託目録の内容に関して厳しいことを言うようになってきた、という全国の司法書士の人々の声が聞かれるところです。ですので、信託登記申請を担う司法書士の立場としても、一層、信託登記の理論を勉強して、完全な信託目録を作成して、登記官から文句を言われないような、隙のない見事なものを提供して、さすが専門家であると言われることを目指していきたいものです。